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別れの余韻

 先輩が癌になったと聞いて驚いた。ちょうど昨年10月に父が肺癌で逝去したばかりである。久しくお目にかかっていなかったので気にはなっていたが、いきなり頭をおもいきり殴られた気分だ。「お見舞いには来なくていいから」というメールをもらってはいたがヤキモキしていた。
 実はその先輩が僕の人生にワインを紹介してくれた。
 それは25年以上も前のある日。今では『ワインと串カツ』で全国的にも有名になった大阪のとあるお店に僕を連れて行ってくれた。そして、そこで出されたブルゴーニュの銘酒に僕はすっかり一目惚れならぬ一目溺れさせられてしまったのだ。
 大学の先輩でもあり予備校の生物の教師でもあった彼は、理路整然とワインの歴史や製法などを嫌味なく教えてくれた。特に僕たちは共通してボルドーのグランヴァンに魅了された。時代はバブルの絶頂期である。ラツゥール・マルゴー・ラフィット・ムートン・オーブリオン・ペトリュスなどといったその時代の最高峰のボルドーを飲む機会に恵まれ、特に先輩はラツゥールのファンであった。
 「あのコルクを開けたらどんな未知の味があるのだろう?」とまるで恋の病に罹ったかのようにワインを想い続けた。「ワインは悪女と同じである」と誰かが言っていたが、まさに至言である。追いかければ追いかけるほど逃げてゆく。普段はつれないが、でもたまに凄く優しく微笑んでくれる。これでまた逃れなくなってしまうのだ。
 今では恋の熱から醒めて、愛に変わってしまっているが、それでも毎日ワインとわずかでも口づけせねば眠ることはできない。
 先輩が退院したと聞いて喜んだ。すかさずメールで「退院祝いをしましょう」と送ると「喜んで!」と返信。さっそく先輩の好きなラツゥールをセラーから取り出して、馴染みのレストランに先に届けておいた。実はこのワインは生前の父に「大みそかに開けるからぜったいに回復してね」と約束していたものだった。しかし、その約束を守らずに父は旅立っていった。だから今回はその父の代わりに、先輩にぜひとも飲んでもらいたかったのだ。
 その日はレストランのソムリエでもあるご亭主が付きっ切りで給仕してくださった。あらかじめ事情を話していたので細心の気遣いをして、料理一皿一皿にそのいたわりが伝わってきた。
 先輩の顔色は悪く、またひどく痩せていた。すっかり人相も変わっていた。病とは人をこれほどまでに変えるものなのか?闘病の様子を聞けば聞くほど身震いをしてしまう。先輩のグラスを持つ手も心なしか震えていた。もしかしたらこれが先輩と飲む最後のワインになるかもしれないのだろうか?そんなことが不意に頭をよぎったりもした。
 しかし、目の前の先輩はグラスに注がれたワインを愛おしそうに頭上のライトに翳して眺め、その立ち上がる馥郁たる芳香を鼻腔奥まで吸い込んで、目を閉じ、その余韻までも存分に愉しんでさえいるかのようであった。
 「やっぱりラツゥール、美味しい!美味しいなぁ」と言ってくれたが、食も細くなりワインもグラスに2杯しか飲まなかった。いや飲めなかったのだ。でも、昔に帰ってワインと出会ったころのことや、いろんな試飲会に行って面白かったこと、失敗したことなど、ついでにその当時の恋愛の話にまでワイン色の花が咲いた。
 しかし、僕にはワインが最後まですごく苦く感じた。
 先輩がまた入院した。今度はすぐにお見舞いに行った。「親父に飲ませるつもりだった82年のペトリュスがあるから、早く治って退院してほしいなぁ。そんなワイン、先輩以外に一緒に飲める相手はいないからね」と憎たらしく言ってやった。
 先輩は微笑んでくれた。
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